広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter74. どら焼き

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

「クール・ジャパン(COOL JAPAN)」という言葉があります。ここでいう「クール」は「クール・ビズ」などの「クール(涼感)」と異なり、「かっこいい」「優れている」「素敵」などの意味で使われています。日本独特の文化で国際的に評価されている現象やコンテンツそのものを指し、日本政府が対外宣伝に用いている言葉です。最近、官民ファンド「海外需要開拓機構」別名「クールジャパン機構」も設立されました。そう言えば「JAPAN CLASS外国人から見たニッポンは素敵だ!」といった雑誌が続々出版されるのも政府の差し金かも知れません。もとはと言えばイギリス政府が提唱したクール・ブリタニアのもじりで、NHK BS放送番組「cool japan 発掘!かっこいいニッポン」をご覧の方もおられるでしょう。この番組の100回記念に過去の題材について外国人にアンケートを取ったところ、クールの第一位は「洗浄器付き便座」で、以下「お花見」、「百円ショップ」と続きます。

番組「cool japan」をめぐるツイートで、「どら焼きや鯛焼きがなぜ取り上げられないのか」という意見がしばしば見られます。たしかに「スイーツ」(2008年)、「お菓子」(2010年)、「和菓子」(2011年)ではスナック菓子、おかき、葛などが登場しますが、どら焼きなどいわゆるあんこモノはありません。あんこは基本的に小豆をベースに作られ、したがって黒いペースト状の物質に欧米人は違和感を覚え、見た目で退いてしまうようです。黒いだけならイカ墨パスタだってかなりだと思いますが・・・。もっとも海外では人気アニメ「ドラえもん」の好物としてどら焼きが興味を持たれているようです。

どら焼きはカステラ風味の皮と中身の餡(あん)の微妙なコラボレーションで旨味が引き出されます。あんつくりの達人、樹木希林演じる老女、徳江と下町のどら焼き屋の雇われ店長、千太郎(永瀬正敏)の日々を描いた映画、その名もずばり「あん」は、国際映画祭などで活躍する河瀬直美監督の最新作です。求人募集の貼り紙で飛び込んできた徳江の作る絶妙の粒あんのおかげで、店は行列の出来るどら焼き屋「どら春」に変身します。しかし大繁盛も束の間、心ない噂で店はみるみる衰退します。徳江は元ハンセン病患者で国立療養所多摩全生園から通ってきていたのです。ハンセン病に対する理解の欠如、誤解、さらに差別には胸を締め付けられる思いがしますが、自らがん患者であることを公表している樹木希林が徳江を熱演します。映画を見終わったのち、見知らぬ観客と思わず「演技すごかったですね」と声を交わしました。

私自身は中国地方の二つの国立ハンセン病療養所、長島愛生園と邑久光明園を訪れたことがあります。両園は岡山県の瀬戸内に位置して隣接し、橋のおかげで本州から地続きで行けます。橋がなかった昔は目と鼻の先の島に船で渡らなければなりませんでした。ここにも大きな差別が現れています。私の訪問したのはお天気のよい春の一日で、広々とした園内には病院とは違ってのんびりとした空気が漂っていて、過去の偏見・差別が嘘のようでした。しかし開園当時の事務所で現在歴史館として使われている建物に一歩入ると、多くの悲惨な歴史を見ることが出来、「らい予防法」で隔離政策を取った国、これを容認した医学界の人間として反省の念に打たれます。

長島愛生園の中で標高の一番高いところに立派な納骨堂があり、亡くなった元患者のほとんどの遺骨が安置されています。多くの遺族は引き取りを拒まれるとのことです。1996年の「らい予防法」廃止、2001年の「ハンセン病違憲国家賠償訴訟」でハンセン病に対する理解は深まったとはいえ、まだまだ根強い偏見はあるようです。

(2015.8.1)