広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter57. 竹秋

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

陰暦3月の異称は竹秋(ちくしゅう)です。「小春日和」が春ではなくて冬の季語であるのと同様に、竹秋が秋ではなくて春の季語なのには、つい字面でだまされそうです。春のこの時期、竹の葉が黄葉して落葉することから「竹の秋」と称されるのです。竹は主にアジアの温帯・熱帯域に生育・分布し、ヨーロッパ大陸やアメリカ大陸ではほとんど見られません。したがって、竹が絵画の題材に取り上げられているのも、日本画や水墨画のように日本や中国など限られた国々で、とくに日本文化とは切っても切れない縁があります。

竹の特性はなんと言ってもその繁殖力の強さでしょう。筍にはじまり、成竹になるまで数ヶ月と短期間で、しかも地下茎で横への平面の拡がりも旺盛ですから、資材として用いるにはとてもエコと言えます。事実、食材としての筍はいうまでもありませんが、食器、花器、建材など枚挙にいとまありません。最近でこそアルミ製や樹脂製に取って代わられましたが、以前の物干し竿は竹製で、私が子供の頃など竿竹売りが住宅街をのどかな声を上げて売り歩いていました。竹竿の強度を増すために存在するような竹の節ですが、竹は節ごとに成長点を持っていることからこそ成長のスピードが速いのです。節があるからこそ、器の底として有効利用できます。竹筒に入れた冷酒など、懐石料理の味を一段と引き立てます。

19世紀の発明王トーマス・エジソンと日本の竹との出会いは有名です。彼が発明した白熱電球のフィラメントの材料探しに苦労していた折、京都の八幡男山付近の竹の繊維を炭化したフィラメントがもっとも耐久性に富むことが判明し、一時は大量の京都産の竹が輸出されたといいます。その後、20世紀初頭のタングステンフィラメントの発明で、竹のフィラメントは消滅しました。エジソンは蝋管蓄音機の発明者でもあります。蓄音機は円盤レコードの発明により大量生産時代を迎えました。いわゆるレコードの針にも竹が使われました。普及品は鉄針ですが、マニアはレコードを痛めないし、音が柔らかいとの理由で竹針を使いました。直径30cm、78回転/分のSP(Standard Playing)レコードの片面4分そこそこを聞き終わると針を削り、もう片面を聞きます。なんでもデジタルな現代からは考えられないような悠長な時代です。

阪神大震災の追悼が行われた神戸市の広場では、一万本の竹灯籠が灯されました。暗闇に浮かび上がる幻想的な竹筒の数々は、竹取物語の世界を思い浮かばせます。昨年末に公開されたスタジオジブリ最新作、高畑勲監督の映画「かぐや姫の物語」は、同じジブリでも宮崎駿監督とはまったく違った画風の作品でした。宮崎作品の細密な描写、ダイナミックな動きなどはなく、平面的で、ほんわりしたムードの筆使いで、日本昔話らしいタッチで描かれています。 ストーリーの骨子は誰もが知るおとぎ話にかなり忠実です。ただ、かぐや姫の犯した罪と罰の解釈をめぐって、プロ・アマを問わず多くの人がケンケン・ガクガクの評論・評価を述べています。たしかに、何らかの罪を償うために月から地球に追放された姫が、求婚者たちをひどい目に遭わせたと反省しながら、月からきた迎えに応じて還っていく様子に、多くの観客がとまどいを覚えたのも事実でしょう。

あまり難しく考えないで、高畑監督の世界に浸り、矛盾には目をつぶり、オトナの童話の世界を楽しめばよいと思います。

(2014.3.1)