広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter45. トンネル崩落

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

昨年12月に起きた中央自動車道笹子トンネルの崩落事故は、事故に遭われた方にとっては青天の霹靂に違いありませんし、クルマ社会を生きる私たちにとって、「明日は我が身」の出来事とゾッとしました。だいたい重さ1.2tものコンクリート板が直径1.6cmのボルトで吊り下げられた天井構造など、夢にも思っていなかったのは私だけでしょうか。年が明けてからも、国道371号線紀見トンネルでコンクリート製側壁が落下するなど類似の事故が続いています。事故原因の詳細が解明されるにはしばらく時間がかかると思われますが、これらの事故が、安全管理の上で多くの教訓を含んでいることは間違いありません。

私が留学していた1980年代初めのアメリカは、経済が低迷して最悪の時期でした。アメリカ人ですら、「週末の休み明けの月曜日に出荷されたアメリカ車は、手抜きが多いから買わない」とジョークを飛ばすほどであったにもかかわらず、日米自動車摩擦で性能のよい日本車が焼き討ちにあった時代です。ハイウェイは渡米前の想像と大違いで、コンクリートはひび割れ、アスファルトは波打ったありさまの部分も少なくありません。景気のよい時代にどんどん建設した高速道が、維持管理に費用をかけなかった報いが現れていると痛感しました。その後、レーガノミクスなどで景気が底打ちし、反転したことで治安も回復し、道路状況も改善されたようです。わが国も高度成長時代から、「日本列島改造」のかけ声で、高速道路や新幹線建設を連綿と継続してきました。今回の一連のトンネル崩落事故が、現在の日本経済の低迷から社会的インフラの保守点検を怠った結果で、80年代初頭のアメリカの再現になっていないか懸念されるところです。

定期的点検が必要なものは社会的インフラに限りません。「ベンジャミン・バトン数奇な人生」というブラッド・ピット主演の映画が数年前にありました。80歳の姿で生まれた赤ん坊がどんどん若返っていく話です。ふつうに老いていく恋人と対比させ、「老い」とは、「愛」とは、「死」とはなにかを考えさせました。数奇な人生をたどったベンジャミンならぬ私たちの身体は、成長期を迎えた後はひたすら老化に向けて突っ走っています。トンネル、橋、道路同様に保守点検、適切な修理をしないと、崩落の憂き目に遭いかねません。自治体の行う児童健診やがん検診、企業が行う健康診査のほか、人間ドックなども身体の状態の保守点検と言えます。建造物等の点検には、目視、打音検査のほか、放射線や超音波などを用いた非破壊検査があります。同様に健診においても、血液検査、尿検査、便検査、がん細胞診検査、X線検査、心電図検査、超音波検査、CT、MRI、内視鏡検査あるいはPET検査等々、多数の手段や検査項目があるのはご存じの通りです。

では、健診のための検査は多ければ多い方がよいのでしょうか。道路や橋梁の検査同様、現在明らかに異常が認められていない状態での検査(スクリーニング検査)には、費用対効果を考える必要があります。また検査の中には、苦痛を伴わないものもあれば、多少の苦痛を伴うものもあります。苦痛を伴っても診断精度が高いものであれば、受ける値打ちがあると言えます。放射線を用いる検査には、程度にもよりますが被曝の問題がつきものです。がんの早期発見が期待できるPET検査は、苦痛を伴いませんが費用がかかりますし、部位によっては診断が苦手ながんの種類もあります。それぞれの検査の意義を理解して健診を受けて下さい。

「崩落前の保守点検」も、「寝たきり前の健診」も、まさに「転ばぬ先の杖」です。

(2013.3.1)