広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter36. 愛はとこしえ

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

ひと言で「愛」と言っても、「愛」にはいわゆる恋愛以外に、自己愛、親子兄弟間などの家族愛、あるいは身近な人物やモノやペットなどに対する愛なども含まれます。さらに多くの宗教においては、宗教上で「愛」が説かれ、語られています。しかし宗教によって意味する「愛」は異なります。たとえば仏教では「愛」の種類によって、これを表現する言葉自体も異なり、区別されています。梵語(サンスクリット語)あるいは巴語(パーリ語)で表される「愛」は、「トウリシュナー」や「タンハー」は渇愛、「プレーマン」「ペーマ」は愛念・慈、「ラーガ」は愛染・貪愛、「マイトリー」「メッター」は慈・慈悲をそれぞれ示すなど十種以上を数えます。キリスト教の説く「愛」は「アガペー」と言われ、仏教の慈悲に近い概念で、神の人間に対する愛とされています。

多種多様の「愛」ですが、我々おおかたの凡人にとっては「人間愛」と断じても過言では無いように思います。様々なかたちの「愛」をテーマに創作活動を続け、最近では「人間愛」に昇華したように感じるのが、前衛芸術家草間彌生です。彼女は80歳を越えた今も現役アーティストとして活躍し、今年も大阪の国立国際美術館を皮切りに各地で展覧会「 草間彌生 永遠の永遠の永遠(Eternity of Eternal Eternity)」を開催中です。

「永遠の永遠の永遠」展は2004年から2007年にかけて制作された絵画シリーズ「愛はとこしえ(Love Forever)」から始まります。50点の作品はいずれもモノクロで、おびただしい点と線の連続・連鎖、所々に現れる女性の横顔、タイトルには春、朝、夢などの言葉が数多く使われています。モノクローム画面とはうらはらに、とこしえの愛はあふれる幸せを示しているようです。少女時代から幻視、幻聴に悩まされ、幻覚を絵画に発散させた草間彌生は明らかに精神病患者です。精神科医などの助けを借りて「分裂性女性天才画家」として世に紹介され、28歳で単身ニューヨークに渡り、独特の芸術性を開花させた彼女にとって、「愛はとこしえ」シリーズは少し落ち着いて半生を見直した作品のように思えます。

2009年に始まり、今も続くシリーズ「わが永遠の魂(My Eternal Soul)」に入ると、一転原色が多用されたカラフルな草間ワールドが出現します。特徴ある水玉模様が変化し、鋸歯状の無数の線、あちこちから見つめる多数の眼、ここでも登場する女性の横顔は「愛はとこしえ」を発展させたものでしょう。なんと言っても絵画それぞれに使われる色彩は衝撃的です。ペーズリーのような柄にも、飛び散る水玉にも彩色が施され、いずれも息をのむような作品です。ミトコンドリアやゴルジ体などの電子顕微鏡写真を彷彿とさせる図柄にも、彼女ならではの色遣いが為されています。ゴッホを例に取るまでもなく、狂気を芸術に昇華させた天才は少なからずいます。絵画以外にも、オブジェの制作、映画を自作自演、小説や詩を刊行するなどマルチタレントを国際的に知らしめた草間彌生は間違いなく日本を代表する芸術家です。希死願望に対抗して病院で制作を続ける最近のビデオ映像を観た後に美術館を出ると、中之島の空がひときわすがすがしく感じました。この日得た「愛はとこしえ」「わが永遠の魂」からのメッセージを、芦屋病院の患者や職員など関係者にぜひ伝えたいと思います。

市立芦屋病院はまもなく創立60周年を迎えますが、これを機会に本年度から病院の経営理念を一新し、「い(愛)、あわせ(幸せ)、さしさ(優しさ)」としました。頭文字をつなぐと「あしや」です。私たちは「愛と幸せに包まれた優しい病院」を目指します。

(2012.6.1)