広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter33. ア・ラ・カルト

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

診察や健診の問診票には必ず飲酒と喫煙の欄があります。タバコが「百害あって一利なし」なのは、科学的に証明されていますし、麻薬並みに管理されてもいいくらいです。その点、「酒は百薬の長」と言われるように、アルコールをほどよく摂るかぎりは健康にも良いとされます。適量の飲酒は末梢血管を拡げ、血液循環を良くし、心の抑制を取り去って、精神的ストレスの解消に役立ちます。下戸で甘党の私でも、少量のお酒で気分もよくなり、元気も出てくるので、時には食事の際に嗜むこともあります。

いい音楽をライブで聴いたり、素晴らしいオペラやミュージカルの観劇は、視覚や聴覚から脳を心地よくさせますが、これに適度なアルコールが加わるとその相乗効果で至福の時が過ごせます。加藤登紀子のほろ酔いコンサートなどはそのいい例で、根強い人気から長期にわたって開催されています。オーストラリアを訪れたとき、シドニーのオペラハウスでリヒャルト・シュトラウスの「薔薇の騎士」を観たことがあります。午後9時過ぎから始まった楽劇が休憩時間を迎えると、観客は一斉にシドニー湾を眺めるロビーでワイングラスを片手に、実に楽しそうに談笑していました。私のお気に入りの兵庫県立芸術文化センター(芸文センター)でも、幕間にホール・ロビーでアルコールが飲めることが多く、さすが阪神間の文化は成熟していると感じられます。

イタリアの富豪夫人の悲劇を描いた映画「ミラノ、愛に生きる」では、華麗な映像と登場人物の感情をセリフに代えて表現する音楽が話題になりました。ジル・サンダーやフェンディなどのデザイナーによるコスチュームもファッショナブルでしたが、ヒロインの恋人であるシェフの芸術的な料理の数々にも魅了されます。食欲をそそる香りが漂ってきそうな画面で、思わず舌なめずりをしてしまいました。それもそのはずで、ミラノ料理界トップランクのシェフが監修したプレートとのことです。当然のことながら、ここでも料理はそれにもっとも合うワインとともに供されます。味覚と視覚を刺激する料理も、アルコールによってさらにその完成度が高まります。

昨年末これも芸文センターで、関西では一日だけの公演だった「ア・ラ・カルト 2」を観ました。東京の青山円形劇場で毎年クリスマスシーズンに上演されてきた「ア・ラ・カルト」「ア・ラ・カルト 2」は、副題の「役者と音楽家のいるレストラン」の通り、フレンチレストランを舞台にミュージシャンの生演奏とともに芝居が進行します。見せ場の一つはゲスト出演者が日替わりで登場し、メニュー代わりにその場で渡された台本で演技を披露するところです。アドリブなのか台本通りのセリフなのか良く判らないシーンが続き、観客を喜ばせます。舞台のレストランでは豪華料理に加えてカクテルやワインが出され、それぞれシェフやソムリエから解説が入ります。何とこれらは全部本物で、お客に扮する俳優は毎日ホンモノを飲食していることになります。役者も大変ですねえ。いや、食いしん坊や飲み助だったら大喜びかも・・・。このお芝居でも、休憩時間にロビーでワインが飲めました。お客にワイン好きのリピーターが多いせいか、その後の客席はワインの匂いがむんむん状態です。以前はスポンサーのワインメーカーから無料で提供されたとのことですが、道路交通法改正以後はアルコールを安易に飲まないように有料化されたようです。

舞台は、前菜、主菜、ショータイム、デザート、食後酒とコースメニュー形式で進みます。レストランで使われる「ア・ラ・カルト」とは単品で注文する料理ですから、芝居のタイトルと内容は少し矛盾しているかも知れません。ちなみにコース料理はムニュ(メニュー)というそうです。

最近病院に入院された方ならご存じと思いますが、疾患によってクリニカル・パスと呼ばれる診療スケジュール表が患者に提示されます。入院診療計画書ともいわれますが、検査や手術・治療の予定、手術後のリハビリや退院後の注意なども説明されている、いわばレストランのコースメニューの様なものです。これによって誰もがエビデンスに基づいた標準的な医療を受けることが出来る利点があります。診療水準の向上のためにぜひ協力をお願いします。しかし、中にはア・ラ・カルトを希望される方もおられます。その際には、お薦めコースメニューの良さを十分に説明させていただいた上で、可能な限りア・ラ・カルトにも応じられるような病院でありたいと願っています。

(2012.3.1)