広報誌HOPE Plus

名誉事業管理者(前事業管理者)のつぶやき

Chapter197.師走雑感 NEW

市立芦屋病院名誉事業管理者 佐治 文隆

歳末の冷え込んだある日、行きつけの理容院に行きました。帰途、バス待ちのあいだバス停前の店舗の軒先で寒風を避けていた時のことです。私より少し年配と思われる腰の曲がった女性が、杖代わりのキャリーバッグを引いて、やはり風を避けて私のそばに並びました。

「こんな寒い時に東北で地震にあった人たちは大変よね」と話しかけてこられました。12月8日に青森県東方沖で震度6強の地震が発生した直後のことです。この地震では「北海道・三陸沖後発地震注意情報」が初めて発令され、マスコミでは1週間以内に同等あるいはそれ以上に強い「後発地震」の発生と対策について盛んに呼びかけを行っていました。私も「阪神・淡路大震災の時も寒かったですね。東北の被災者もきっと厳しいでしょうね」と応じました。

「地震も大変だけど、首相も中国を怒らせるようなことを言って、困ったもんやね」と話題が変わりました。高市首相が例の「台湾有事は日本にとって存立危機事態になりうる」と発言し、中国が激しく反発し撤回を求めた時期です。中国の対抗措置は訪日旅行や留学の制限、日本人歌手のコンサート中止、日本産水産物の輸入制限、さらにはレアアースの日本への輸出制限など制裁をエスカレートさせています。今や名目GDPでドイツや日本を大きく引き離し世界第2位の経済大国となった中国が、高市発言如きにめくじらを立てず、「金持ちケンカせず」くらいの大人の対応をすれば、とも思うのですが彼の国にはそれなりの理由があるのでしょう。私は個人的には、オーバーツーリズムが問題になり、来日外国人に京都などの観光地や大阪のデパートが占拠される状態が、旅行制限のおかげで少しでも緩和されるのならそれもいいか、くらいの感じでいました。ところが彼女は、「戦争はダメ、戦争は二度とイヤよ。戦争になりそうなことは絶対に言ったらダメ」と強く主張しました。私は戦中とはいえ、日本の敗戦直前の生まれですので、太平洋戦争を体験していませんし、記憶もありません。この老婦人は戦争を実際に経験され、その悲惨さを身をもって知っておられるのでしょう。身内に戦死された方がいたり、ご自身も生死を彷徨うようなことがあったのかも知れません。

街で出会ったご婦人の声を聴き、私は自分の甘い考えを反省しました。唯一の被爆国であり、戦争で兵士のみならず多くの国民の犠牲を払ったわが国。80年間の平和を享受し、奇跡の復興を成し遂げたわが国。だからこそ戦争の芽は早く摘み取る、いや戦争のタネになる行動はしない事こそ国民の幸せと痛感します。市井の老婦人の気持ちがみんなに拡がることを祈ります。

「悲しいことにクリスマス・イブになんの予定もありませんでした。せめて音楽でも聴きに行こうかと、当日午前にダメもとで芸文センターの公演スケジュールを検索してみますと、「東京キューバンボーイズ&アロージャズオーケストラ」のジョイントコンサートが大ホールで予定と出ました。飛び込みでも一人分くらいの空席があるかと思ったのですが、全席完売で世の中そんなに甘くはありません。ところが小ホール午後の公演に「灘校クラシック研究部 冬のコンサート」の案内を見つけました。母校のことでもあり、来場歓迎の案内につられて冷やかしがてら出かけました。半世紀以上前の在学中には存在しなかったクラシック研究部は部員が約30名と多数で、それぞれが得意の楽器、曲目を演奏し35曲に及ぶコンサートでした。ピアノを主体に、バイオリンあり、クラシックギターあり、クラリネットあり、果てはオペラ歌曲の披露もあるという多彩なプログラムでした。

灘校といえば昔も今も進学校として名を轟かせ、まるで大学受験予備校のように思われていますが、このコンサートを見る限り芸術面でも優れた後輩たちが多いのに、誇りを感じました。クラシック音楽に紛れてポップなクリスマス音楽のメドレーもあり、解説の高校2年生がこの中でイチオシは「All I Want for Christmas Is You」(マライア・キャリー)と言っていました。その日の夜中に偶然NHK-BSを観ていると、「マライア・キャリー ライブ アット 東京ドーム1996」が放映され、うれしいクリスマス・イブになりました。

(2026.1.12)