広報誌HOPE Plus

名誉事業管理者(前事業管理者)のつぶやき

Chapter192.風鈴NEW

市立芦屋病院名誉事業管理者 佐治 文隆

地球温暖化が叫ばれ出して久しいですが、近年の日本の夏の暑さといったら、それを実感させてくれてあまりあります。とくに今年の関西は平年より20日以上早く梅雨明け宣言が出され、猛暑日に伴う熱中症警戒アラートが立続けに発令されました。熱中症予防にエアコンは必需品となり、エアコンの適切使用が予防対策の一つに挙げられています。私が子供だった昭和20年代は、せいぜい扇風機が生み出す風で涼んでいました。しかし、地蔵盆を過ぎる頃になると朝晩はめっきり涼しくなり、扇風機もいらないくらいでした。夏季の都市部における気温上昇はヒートアイランド現象も手伝って著明で、2024年の日本の平均気温は統計開始以来最高値を更新したそうです。

気温を下げる効果のひとつに打ち水があります。水に濡れた緑や敷石の清々しさは、見た目にも涼しげです。打ち水が視覚に訴えるのであれば、聴覚に訴えるのが風鈴の音です。風鈴の音を聞くと、「風が吹いている」と認識して条件反射で涼しく感じます。また風鈴の音色には、川のせせらぎ、波の音、木漏れ日や炎のゆらぎなどと同様の「1/fゆらぎ(周波数frequencyの逆数に比例するゆらぎ)」の現象がリラックス効果を生みます。さらに風鈴の音に含まれる高周波音もストレス軽減効果があります。これらの科学的効果が相まって、風鈴から納涼感が作り出されます。

風鈴の起源は中国の「占風鐸(せんぷうたく)」です。竹林にぶら下げて、鳴る音から物事の吉凶を占ったといいます。仏教とともに伝来し、平安時代には軒先に吊るして「魔除け」としました。風鈴は、主にガラス、金属、陶器で、竹や炭などでも作られます。素材によって音色や特徴が異なるのはいうまでもありません。同様に、主な産地も南部鉄器(岩手県)、高岡銅器(富山県)、伊万里焼(佐賀県)、ガラス製風鈴(静岡県・青森県)などがよく知られています。風鈴祭りや風鈴市も各地で開かれ、近隣では京都府の正寿院や大阪府の水無瀬神宮や奈良県の風鈴祭りで数千個の音色を楽しむことが出来ます。全国から集められた風鈴が会場を彩り、しかも即売される川崎大師(神奈川県)の風鈴市も夏の風物詩として有名です。

風鈴はもちろん夏を代表する季語のひとつです。
『風鈴の ほのかにすずし 竹の奥』(正岡子規)
 子規は、風鈴の元祖「占風鐸」が竹林に吊られていた故事を踏まえて詠んだのかもしれません。
『風鈴や 花にはつらき 風ながら』(与謝蕪村)
 強風は風鈴の音色を引き立ててくれても、花を散らしてしまっては寂しいですね。
『風鈴の舌 ひらひらと まつりかな』(久保田万太郎)
 風鈴は鐘・舌・短冊の三部分からなります。舌(ぜつ)は鐘の内側で音を響かせます。
『風鈴や 母をねぎらふ 父の遺句』(詠み人知らず)
短冊に残された父の愛情表現でしょう。

川柳もあります。
『引っ越しが 風鈴だけを 置いて去る』(愛華さん)
『風流と 「やかましいわ」の せめぎ合い』(しらたまさん)
『何処だっけ 探すことから はじまり』(陽マワリさん)
 いずれもナットクです。

江戸時代の夜泣き蕎麦屋は、屋台で年がら年中風鈴を鳴らして客を呼んでいたそうです。これには魔除けの意味合いもあったのかも知れません。いずれにしろ庶民には季節はずれの風鈴に聞こえたこともあったのでしょう。そこで、 ことわざ『親ばかちゃんりん、そば屋の風鈴』が生まれました。これは親が子供を溺愛して、周りの状況が見えなくなる状況を喩えていて、盲目的に子供を可愛がる親を揶揄した言葉です。「ちゃんりん」は風鈴の音色で、「ふうりん」と韻を踏んでいます。私などは「じじばかちゃんりん」にならぬよう自戒しないといけません。

(2025.7.21)