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名誉事業管理者(前事業管理者)のつぶやき

Chapter190.エミリア・ペレス、ロザリー、教皇選挙 NEW

市立芦屋病院名誉事業管理者 佐治 文隆

(本文にはネタバレが含まれています)
暦通りの規則的な勤めから退職すると曜日の感覚が失われるとは、よくいわれることです。その反面、平日はあちこち出かけても人出が少なく、空いているというメリットがあります。映画や演劇、美術展などが好きな私の場合は、これまで以上に楽しめるのではないかと期待しています。4月には開幕早々の関西万博にも行き、大屋根リングの想像を超える迫力を実感してきました。

表題の「エミリア・ペレス」、「ロザリー」、「教皇選挙」は、5月の連休前後にたてつづけに観た映画のタイトルです。「エミリア・ペレス」は女性への変身願望が異常に強い男の話です。この男がメキシコの麻薬カルテルの大ボスである意外性が悲喜劇を生みます。麻薬ギャングの親玉マニタスはご多分に洩れず殺人など朝飯前の極悪非道な行いを続けてきました。しかし、若い頃から自身が女性になりたい気持ちが強く、富と権力を手にした今、実行に移します。女性弁護士リタに強要して、妻子をスイスに移住させた上で本人は姿を消し、国外で完全な性別適合手術を受けて、エミリア・ペレスとして念願の新しい人生を送ります。4年後、子供への愛情が募ったエミリアは、妻子をメキシコへ帰国させ、自分は叔母と偽って同居します。過去の悪業を反省したエミリアはリタと共に犯罪被害者の救済活動を行います。一方、夫が死んだと思い込んでいる妻のジェシカは元不倫関係にあったギャングと再会、再婚を考えます。これを知ったエミリアは激怒、悲劇の結末に向かいます。映画はミュージカル仕立てで、出演女優ゾーイ・ザルタナ(リタ)、カルラ・ソフィア・ガスコン(エミリア)、セレーナ・ゴメス(ジェシカ)はカンヌ国際映画祭でそろって女優賞を受賞しています。エミリア役のガスコンは実生活でもトランスジェンダーを公表していて、妖艶な演技を見せてくれます。

19世紀フランスに実在したヒゲを生やした女性クレマンティーヌ・デレをモデルに、着想されたフランス・ベルギーの合作映画が「ロザリー」です。1800年代のフランス片田舎で多毛症に悩むロザリーは、コンプレックスから婚期を逃しそうになり、父親のなけなしの金を持参金に秘密を隠して、カフェ/バーを営むアベルと結婚します。秘密を知ったアベルは妻の体に触れようともせず、娼家に入り浸ります。落ち込んでいたロザリーですが、発想を一転、ヒゲを伸ばした姿を隠さずに夫の店に出ます。ロザリーの策は功を奏し、カフェは珍しいもの見たさの客で大賑わいとなり、夫も妻の純粋な愛情に惹かれていきます。しかし、・・・、ストーリーは悲劇に突入します。ロザリーの多毛は、医学的には多嚢胞性卵巣症候群だと思われます。卵巣に多くの嚢胞があり、男性ホルモンの高値がみられ、体毛が濃くなる多毛、月経異常などの症状が現れ、不妊の原因になります。実際ロザリーも診察を受けて卵巣の腫大を指摘されるシーンもありました。現代なら容易に診断もつき、治療も受けられた疾患ですが、物語の時代では無理でした。生物学的に女性であるにも拘らず、病気のために外見上男性化したため、ロザリーの人生は変わってしまいました。

2025年4月21日アルゼンチン出身のローマ教皇フランシスコが逝去し、新たな教皇を選出する選挙コンクラーベが行われました。新ローマ教皇にはレオ14世が就任、初のアメリカ出身の教皇として話題になったのは記憶に新しいところです。日本では3月20日にその名もズバリ「教皇選挙」が封切り上映されていました。アカデミー賞8部門ノミネート、脚本賞に輝いた話題作ではありましたが、ミステリー仕様とはいえカトリック宗教界の内幕を描く地味な内容であったせいか、4月下旬にはシネマコンプレックスでも終映準備に入っていました。しかし、タイムリーに本物のコンクラーベが行われることになり、上映館は連日満員、上映回数を急遽増やしても満席が続き、私もやっと鑑賞できました。 バチカンの奥深くシスティーナ礼拝堂で秘密裡に行われる教皇選挙、誰も知らないその舞台裏の実態(?)が赤裸々に描かれます。主役でコンクラーベを取り仕切る主席枢機卿ローレンスの目で、教皇が選出されるまで候補者たちの権謀術数が明らかにされます。中絶反対・極端な男尊女卑思想の保守派イタリア人テデスコ、ジェンダーの多様性を推進するアメリカ出身ベリーニ、穏健保守派トランブレ、アフリカ系アディエミ、遅れてやってきて亡き教皇から密かに枢機卿に任命されていたメキシコ出身ベニテスらが登場、互いに策略を巡らし、暗闘を続け、票が次々とひっくり返されます。そして最後はどんでん返しで思いがけない人物が選出され、バチカンに白い煙が立ち上ります。新教皇のもとを訪れたローレンスが、ある疑問を投げかけたところ、彼に子宮と卵巣があることが明かされるという、さらなるとんでもないどんでん返しが待ち受けていました。

ほぼ同じ時期に上映された表題三作品は、いずれもLGBTQに深く関係するテーマが取り上げられています。セクシュアリティの多様性がエンターテイメントの世界で公然となされることに時代を感じました。

(2025.5.25)