広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter180.手彩色写真

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

 中学・高校時代の旧友が、学生時代の私達の写真を拡大リプリントして届けてくれました。一枚一枚に当時の情景が思い出されて、話のタネがつきず、楽しいひとときを過ごすことができました。それぞれはもちろんモノクロ写真ですが、半世紀以上を経たとはとても思えないほど鮮明で驚きました。それもそのはず、最近ではリマスター(remaster:元の録音や映像を改良・修正して再生産すること)技術が発達して、劣化したピンボケ写真でも年月を感じさせない出来上がりになるようです。そういえば、旧作映画の広告や再発売されたCDのジャケットに「デジタルリマスター版」と書かれているのをよく見ます。いずれも最新のデジタル技術を用いて再生産されたものです。

 デジタル技術や人工知能(AI)はモノクロ画像のリマスターにとどまらずカラー化も可能にしました。新しい技術は白黒映像を短時間で自動カラー化出来、AIが不適切な着色をしたような場合は修正できる機能も開発されています。その結果、1953年製作の名作「ローマの休日」も全編カラー化されて、オードリー・ヘプバーンがより美しい姿で登場しています。白黒動画をカラー化するソフトウエアは無料で入手できるものもあり、今や素人でも何でも出来る時代になったなと今更ながら認識を改めました。

 モノクロの単調な映像を自然な色彩で見たいという気持ちは今に始まったことではありません。約150年前の幕末・明治期に、モノクロ写真を一点一点丁寧に手作業で色を塗って仕上げた作品は、「手彩色(てさいしき)写真」と呼ばれ、初めて日本文化に触れた諸外国人の間で大流行しました。人手で色付けされた写真を集めて分類・展示した美術展「Colorful JAPAN 幕末・明治手彩色写真への旅」が神戸市立博物館で開催され、ユニークな写真を見る機会を得ました。

 江戸時代の鎖国が解かれて開国した日本を訪れた西洋人が、初めて見るエキゾチックな国を伝える土産物の一つとして購入したのが、手彩色写真のアルバムです。これらは横浜を中心として、外国人や日本人の写真家、写真館で制作されています。不思議なのは撮影者が必ずしも常に着色に関与したわけではなく、異なる写真家の手によって手彩色写真が制作されていることです。いずれにしても革装に加えて豪華な漆塗り(蒔絵)の表紙に包まれたアルバムは、当時のインバウンド観光客に迎合した内容となるのは否めません。

 被写体はわが国の風俗と風景に大別出来ます。風俗では着物姿の女性の日常生活の様子、背中に彫り物を入れた男性、駕籠や人力車の担い手など異国情緒豊かな人物像が見られます。オリジナルのモノクロ写真と彩色した作品が並んで展示されていると彩色効果が顕になりました。また同じ着物でも色付けが異なる写真も見られて、彩色作者の独創性にも気がつきました。肌も露わな美女の画像や、客の重みでひっくり返った人力車と車夫のコミカルな映像などは、意図的に演出を加えたものでしょう。野蛮で残酷な切腹シーンまでリアルに展示されているのには思わず目を背けたくなります。風景画は名所、旧蹟、寺社、仏閣などを対象にして、富士山を望む景色や日光東照宮を写した写真が色付けされていて、まるで絵葉書のような構図です。極彩色の日光陽明門は西洋人好みなのか、再々登場してキラキラ感が目を引きます。明治時代後期の神戸元町商店街の手彩色写真も展示され、商店の看板が横文字で描かれて、行き交う人々が色とりどりの洋風日傘をさしている情景を見ると、昔からKOBEがいかにハイカラでオシャレな街であったかがよくわかります。
写実そのものの写真も、手彩色によって作者の個性が発揮され、観者のイメージが変わることを再認識した展覧会でした。

(2024.6.1)