広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter164.昭和の映画を回顧する

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

コロナ禍は多くの文化芸能事業に影響を与えました。就中、庶民にとって手軽な娯楽である映画興行も例外なく被害を受けています。経営的に高効率を誇るシネコンでも観客が激減しただけでなく、岩波ホールをはじめミニシアターの閉鎖は日本のアート系興業に壊滅的な打撃を与えました。その中で「ドライブ・マイ・カー」がアカデミー賞4部門ノミネートと国際長編映画賞受賞で気をはきました。ベルリン、カンヌ、ベネチアの国際映画祭への日本映画出品作も続くなど、意欲的な若手監督たちの出現は低迷する映画興行に希望を与えてくれます。2022年の年間興行収入も、コロナ前には及ばないまでも回復の兆しが見えているのは、映画ファンの一人として喜ばしい限りです。ただ実態は「トップガン マーヴェリック」をはじめ、興行収入100億円を超えるメガヒット作が何本も出て、観客動員が話題作に集中しているように思われます。

最近の映画館への年間入場者数の推移は、コロナ禍前の2019年が194,910(千人)で、興行収入も261,180(百万円)と歴代最高収入で抜きんでていました。入場者数に限ると、1955年以降でピークだったのは1958年(昭和33年)の1,127,452(千人)で、近年と比較すると文字通り桁違いの数字です。テレビ放送も普及していない時代にあって、映画は娯楽の中心だったといえます。元東大総長で映画や文芸の批評家でもある蓮實重彦氏が近著「ショットとは何か」(講談社)で映画の蘊蓄を論じておられます。氏は映画館入場者数が史上最高であった1958年に公開された「殺し屋ネルソン(Baby Face Nelson)」(ドン・シーゲル監督)を極めて高く評価していて、のめり込んでいると言ってもいいくらいです。この年の外国映画のランキングに顔を出していないということで、大いに不満を述べておられます。

ちなみに、この年公開の外国映画ランキングが、「キネマ旬報ベスト・テン」として引用されています。1位「大いなる西部」(ウイリアム・ワイラー監督)、2位「ぼくの伯父さん」(ジャック・タチ監督)、3位「老人と海」(ジョン・スタージェス監督)、4位「眼には眼を」(アンドレ・カイヤット監督)、5位「鉄道員」(ピエトロ・ジェルミ監督)、6位「死刑台のエレベーター」(ルイ・マル監督)、7位「崖」(フェデリコ・フェリーニ監督)、8位「鍵」(キャロル・リード監督)、9位「サレムの魔女」(レイモンド・ルーロー監督)、10位「女優志願」(シドニー・ルメット監督)・・・。このうち1位から6位までを公開当時に私は観ていました。懐かしい作品ばかりで、足繁く映画館に通った中学高校時代を思い出します。1位の「大いなる西部」を蓮實氏は駄作だと貶しておられますが、出演女優のジーン・シモンズ(Jean Simmons、1929〜2010))の美貌に私は魅了されてしまいました。購読していた雑誌「映画の友」に載った写真を切り取って、部屋に貼ったりしていました。甘酸っぱい思い出です。今ではジーン・シモンズといえばミュージシャンの方が有名ですが、こちらはGene Simmons(1949〜)でスペルが違い、ロックバンド「キッス」で活躍しました。

昭和の時代の映画館は今のように指定席、入れ替え制ではなく、上映途中からの入場も可、一日見続けてもOK,チケットは売れるだけ売るのでヒット作は立見客で満員、その上「禁煙」はお願いだけなのであちこちタバコの煙でもうもうの有様でした。劣悪な環境で観た映画の数々ですが、心に残ったシーンをなぜか今も思い浮かべることがあるのは、感性がそれなりにあったからでしょうか。

(2023.2.1)