広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter116.平成カウントダウン

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

人類の歴史とくに文明社会の発展の多くの部分は工業の発達に負うところが大きいのではないでしょうか。工業の変革をもたらす要因の一つとして、その材料の発見、発明を無視することは出来ません。時代とともに石・銅・鉄を素材として利器が順に作られたことから、石器時代、青銅器時代、鉄器時代という時代区分法もあります。一方、金属の中でも金・銀・銅・は通貨として利便性があり、とくに金はその美しさ、希少性から人の心を惹きつけ、金を求めて紛争を起こしたり、のちに化学技術の基礎となる錬金術を生み出しました。

土器に始まる陶磁器も実用的な容器から工芸品、芸術品として発展しましたが、現代ではファインセラミックスとして耐熱性、耐薬品性、半導体性などの優れた特性を持つ素材が生み出されています。磁石もまた古くて新しい素材です。磁石を生み出しているのは電子のスピンと言われますが、近代電磁気学の発達は電気と磁気の相互変換を可能とし、モーターや発電あるいは電磁記録媒体を生み出し、日本で開発された強力なネオジム磁石などは携帯電話やハードディスクに欠かせず、ハイブリッド車にも用いられます。医療分野では強力な磁場に生体を暴露して体内の断層画像を得るMRI(核磁気共鳴イメージング)が汎用されているのはご承知の通りです。

画期的な素材の出現はプラスチックでしょう。プラスチックの強みは、なんといってもその軽量性、可塑性にあります。JIS規格では「高分子物質を主原料として、人工的に有用な形状に形作られた固体」と定義されるプラスチックは、古くはセルロイド、ベークライトに始まり、これらの持つきわめて燃えやすいなどの欠点を克服して今やポリエチレンがその主役を務めています。今後もプラスチックは改良を重ねていくと思いますが、その一方ではマイクロプラスチック(プラスチックの微小小片)による環境汚染などの公害の克服が必要となるでしょう。コンピューター時代の到来と共にクローズアップされた素材がシリコンです。シリコン半導体の特性がコンピューター産業を飛躍的に発展させたわけで、アップル、グーグル、インテル、フェイスブック、ヤフーなど世界のトップ企業が本拠を構える地域がシリコンバレーと呼ばれた所以です。(佐藤健太郎「世界史を変えた新素材」新潮選書)

これまでに知られている物質は1億を優に超える数と言われますが、その中で人類の役に立つ材料は一握りであり、それも発見から長い時間をかけて改良、工夫を重ねてきたものばかりです。平成の終わりを迎え、これからの優れた素材の開発を展望すると、その芽となるのはやはりAI(artificial intelligence:人工知能)の活用でしょう。AIは今後急速に発展・拡張し、新材料を創出、ドラえもんの「透明マント」も新元号の時代には現実になるかもしれません。その上AIは物質文明に影響を及ぼすだけでなく、膨大なビッグデータの瞬時の解析から人間の精神行動の予測まで可能にするかもしれませんし、ひいてはヒトを操るようになるかもしれません。その意味で平成末期のいま進行中の技術的な変化は「AI革命」ということが出来ます。哲学・倫理学者の岡本裕一朗氏は人工知能が自律化して人間に対抗する時代を予測しています(「人工知能に哲学を教えたら」SB新書)。新元号の時代になって平成を回顧した場合、「まだあの時代は良かった」と言うことのないようにしたいものです。

(2019.2.1)