広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter11. 脳の活性化

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

私が卒業した中学・高校は、担任教師が同じ学年を6年間持ち上がり、一貫教育する仕組みでした。当時の担任のうち、国語のH先生と数学のM先生はそれぞれ97歳と90歳で健在です。昨夏に90歳を迎えられたM先生は卒寿という言葉を好まれず、自ら鳩寿(きゅうじゅ)と名乗り、耳が不自由なこともあってか「鳩寿聾叟」と号されています。奥様を亡くされ、一人暮らしの先生が昨年末に突然の気胸を発症、3週間の入院を余儀なくされました。入院中に頭に浮かんだ星形の仕組みを考えているうちに、アイデアが次々と湧いて、「正多角形と星形」という小冊子を手書きで作り、希望する教え子に配布されました。

冊子の内容は、「正N角形の頂点の放射線図利用の書き方」に始まり、「P(N:K)の形状調べ」、「一筆書きと籠目」、「星形多角形の角・辺の計算要領」、「P(N:K)の法則のまとめ」等と続きます。数学の得意でない私など、少しひいてしまいそうな内容ですが、先生曰く「せいぜい中学生程度で、これによって数理の美しさに気付いてほしい」と言われています。「入院中は家事から解放され、これ一本に集中できて、考察と叙述に専念できて恵まれた」、「参考書を見ることなく、すべては自分一人で考えた脳産物である」とのことで、90歳を過ぎての入院生活を逆手にとって、驚くべき脳の活性化を図られたことに、頭が下がる思いです。

芦屋病院に入院中のTさんも、M先生と違った意味で入院生活を楽しまれています。Tさんの趣味は似顔絵描きです。お歳はまだ60代と若いのですが、当院に初めての入院ではありません。Tさんの部屋に伺うと壁一面に似顔絵が張り出されています。モデルは病院職員など多士済々です。壁に貼りきれないものはファイルにとじて保存されています。絵柄もいろいろで、普通の似顔というよりも、デフォルメされたものやカリカチュア風のもの、風刺画風や漫画チックなものなどこちらもバラエティに富んでいます。病棟の看護師さんで何度も登場する人もいます。Tさんは「描きやすいから」と言われますが、お気に入りなのかも知れません。

ある日、師長から「先生の似顔絵も出ていますよ」と声をかけられ、何度か病室へお邪魔する機会がありました。私の似顔は、病院パンフレットの写真を参考にしたとのことで、すごくハンサムに描いていただいています。ユーモア溢れる吹き出しが付いているのも楽しみです。本稿の挿絵に使わせていただいた似顔絵を拝見し、私は思わず笑ってしまいました。似顔絵制作はTさんの癒しと言うより、今や私たち職員の癒しになっているようです。

M先生と言い、Tさんと言い、逆境を跳ね返し、ご自身の脳を活性化させて、周囲に力を与えてくださる患者さんは沢山おられます。医療に携わる私たちに、至福のひとときを与えていただける皆さんに感謝します。

(2010.5.1)