広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter79.「申(さる)」の悲哀

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

今年2016年は、4年に一度のオリンピック開催年であり、閏年でもあります。また十二支では「申(さる、しん)」にあたり、申は果実が成熟して固まっていく状態を表しています。「申(さる)」はまた動物の「猿(さる)」に通じることから、干支の動物に当てはめられています。霊長類の中で猿は人間にもっとも近縁であるとされ、約99%のDNAがヒトのそれと一致します。にもかかわらず、猿はヒトから不当な扱いを受けているように見えます。

「猿に烏帽子(えぼし)」は猿が烏帽子を被っても似合わぬことから、身分不相応な服装や言動を意味する例えです。「猿の尻笑い」は猿が自分の尻の赤さに気づかずに、他の猿の尻の赤さを笑うことから、自分の短所を棚に上げて他人の欠点を嘲笑うことを言います。「猿芝居」は下手な芝居や愚かな言動を指しています。「猿知恵」に至っては「浅はかな知恵」そのもので、猿は全く馬鹿にされています。また四文字熟語の「猿猴取月(えんこうしゅげつ)」あるいは「猿猴捉月(えんこうそくげつ)」は、猿が水面に映った月を取ろうとして溺れ死んだという故事から、身の程知らずで身を滅ぼしてしまうことの例えですが、何も猿でなくてはならない場面でも猿が登場します。

誰もが知っている日本民話の「さるかに合戦」のずる賢い猿は、蟹を騙しておいしい思いをしますが、蟹の子供達に親の仇とつけ狙われ、栗と臼と蜂と牛糞と組んだ蟹の連合軍に踏んだり蹴ったりの仕打ちを受け、挙げ句の果てに殺されてしまいます。やはり昔話「猿婚入り」でも猿の悲劇が描かれます。娘が三人いる爺が山を開墾し畑仕事をしていると、猿がやってきて仕事をしてやるから娘の一人を嫁にくれと言います。承諾した爺ですが、娘二人は猿の女房になることを嫌がり、末娘が承知します。翌日約束を果たしてくれと訪れた猿に、末娘は嫁入り道具の甕(かめ)を持たせて家を出ます。途中の川にかかった一本橋で娘は鏡を川の中に落とし、甕を担いだ猿に拾ってくれるようせがみます。娘は川に入った猿を深みに誘導し、甕に水が入って猿は溺れ死んでしまいます。娘は家に帰り爺と喜びを交わしました。「猿婚入り」にはこれからスピンオフしたいくつかの類話がありますが、いずれも猿は殺されてしまいます。これは異類婚とくに異種の男との婚姻を毛嫌いした日本人の特性によると解釈され、グリム童話で見る動物婚の男性が動物に姿を変えさせられた人間である設定とは一線を画しています。それにしても日本の猿にとっては災難で迷惑至極な話です。

猿は人間より毛が三本足りないといって馬鹿にされています。ここでいう三本の毛とは、実は「みわけ」「なさけ」「しつけ」の三つの「け」だそうです。たしかに「見分け」や「情け」や「躾」は、それぞれに「知性」「情愛」「規律」を現し、ヒトがヒトたる所以でしょう。でもあなたに三つの「け」は十分に揃っていますか?猿から笑われることはありませんか?

(2016.1.1)