広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter70. 口上

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

デパートの食に関する催し物は数々ありますが、北海道物産展とならび駅弁大会はあたりはずれなくヒットする企画のようです。京王百貨店が開催する「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」はなんと今年50回目を迎えています。数限りなくある駅弁の中でも、定番はやはり幕の内弁当です。幕の内弁当は基本的に白飯と複数の副食からなりますが、現在の手の込んだ弁当は江戸時代後期に完成したと言われます。「幕の内弁当」の名の由来はいろいろな説がありますが、もっとも一般的なのは、芝居の幕間(まくあい)、幕の内に観客が食べる弁当に由来するというものです。大阪ミナミの道頓堀、うどんで有名な「今井」がつくる観劇用幕の内が美味しいとのことで、これを持参して「壽初春大歌舞伎」を観に出かけました。翫雀改め四代目中村鴈治郎襲名披露公演とのことで満席、着物姿の芸妓さんやクラブのママさんらしい女性もあちこちに見られ、華やかな雰囲気でした。

夜の部のメインは「恋飛脚大和往来 封印切」です。実在の事件を題材に近松門左衛門が戯曲化、浄瑠璃「冥土の飛脚」として文楽で初演された伝統の作品です。著作権もない時代ですから改作も仕放題で、「けいせい恋飛脚」などが作られ、ついには原作上演から百年近くたって、「新口村」の場で有名な「恋飛脚大和往来」が歌舞伎で初演されています。以来、主役忠兵衛を名優たちが演じ、とくに初代中村鴈治郎の当たり役でもあったそうです。この作品は中村錦之介、有馬稲子を使って映画化(「浪速の恋の物語」1959年)もされています。多くの先輩や映画俳優、文楽人形までが演じた役柄を務める四代目中村鴈治郎にかかる重圧も大変だろうと思わず同情してしまいました。私は数十年前に東京歌舞伎座で「勧進帳」を観たくらいで、お恥ずかしいことに歌舞伎の知識を持ち合わせていません。しかし、いずれの演目もポピュラーだったせいか、肩肘張らずに楽しむことが出来ました。もっとも、友人が予習用にと貸してくれた近松門左衛門の原作は、高校時代の近世文の教科書を思わせ、少し開いただけで岩波文庫がずっしり重くなってまぶたが閉じてしまいました。

ストーリーは至って簡単、「恋に狂っての公金横領」で現代でもよくある話です。宮沢りえ主演で映画化され話題になった角田光代原作の小説「紙の月」も、主人公に男女の違いはありますがテーマは同じです。お決まりの話を如何に演じるかが歌舞伎の真骨頂なのでしょう。封印切のシーンにみる鴈治郎の心の葛藤を表す所作、ややコミカルでオーバーな動作が笑いと共感を呼びます。毎日同じ芝居をしているとはいえ、100%の再現はあり得ない生(なま)の演技を観られるのが、歌舞伎に限りませんがライブの醍醐味でしょう。

ライブというと、この公演の楽しみのひとつは、襲名披露の口上でした。四代目は、父の坂田籐十郎、弟の中村扇雀や片岡仁左衛門らに囲まれての、型どおりの挨拶でした。口上を述べる結びには、必ず例の「隅から隅まで、ずずずーいとおん願い上げ奉ります」が入ります。要所で「成駒家っ!」「四代目っ!」のかけ声がかかり、盛り上がりました。新任医師の赴任挨拶の際など、お披露目に「口上」を述べさせるのも悪くないなと、思わず考えてしまいました。

(2015.4.1)