広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter65. 前車の轍

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

西南アジアの紛争地域の一つアフガニスタンは、1978年の共産主義政党政権の成立を機に、これに抵抗する武装勢力蜂起が起こりました。ムジャヒディンと呼ばれる抵抗運動の兵士たちに、アメリカはCIAを通して武器や資金供給を行ったとされます。アメリカの支援を受けていたムジャヒディンの一人ウサマ・ビン・ラディンが、その後反米思想とイスラム原理主義に傾倒し、9.11同時多発テロを行ったわけですから歴史の皮肉を感じます。

今夏、イラクでイスラム教過激組織「イスラム国」が台頭し、クルド人やキリスト教徒など異宗派、異教徒への弾圧を繰り返し、支配地域を拡大しました。このため、イラク戦争終結後、イラクから完全撤収していた米軍が「イスラム国」への空爆という形で、再度イラクへ介入する事態となりました。ところが、米政府の「イスラム国」への軍事作戦において、相手側の米国製装備に悩まされていると言う報道がなされました。「イスラム国」と敵対するイラク治安部隊に米軍が提供した高機能装備が、「イスラム国」側に奪われ武器として使用され、皮肉な状況に陥っていると言うのです。奪われたのはHMMWV(ハンヴィー)と呼ばれる軽量軍用車両やMRAPという耐地雷防護重装甲車両だそうです。ニュースでは米軍がその何台かを破壊したとのことですが、なんだか中国の故事「矛(ほこ)と盾(たて)」を思い出させます。

昔、中国の楚の国で、矛と盾を売っていた男が、「この矛はどんな盾でも突き通すことが出来、この盾はどんな矛でも防ぐことが出来る」と自慢したところ、「ではその矛でお前の盾を突けばどうなるのか」と訊ねられ、返事に窮したというあの話です。転じて「矛盾」の語源となりました。米軍もイラク駐留部隊を撤退させた後は、イラク治安部隊に自軍同様の最強装備として提供してきた軍用車両ですから、これを破壊したと誇るのも何とも皮肉な結果です。

さて、わが国の武器輸出政策です。「武器輸出三原則」(1967年)と「武器輸出に関する政府統一見解」(1976年)で、共産圏諸国、国連決議で武器等が禁輸されている国、国際紛争当事国へ武器や武器製造関連設備の輸出を認めないとし、さらには他の地域への輸出も慎むとされ、原則的に武器や武器製造技術に加えて武器に転用可能な物品の輸出も禁じられ、平和国家の立場を強調してきました。ところが、2014年4月に政府は「武器輸出三原則」に代わり「防衛装備移転三原則」を閣議決定し、条件さえ満たせば武器や関連技術の海外移転を認める方向に大きく舵を切りました。これを受けて7月にはさっそくイギリスやアメリカと戦闘機用ミサイルや迎撃ミサイルの共同開発、部品調達などが、実現に向けて具体化しています。まさに「矛」と「盾」を売ろうというわけです。

周辺国家との関係がきな臭い今日、自国製の兵器や武器で自国民が苦しめられることなどがないように、前者の轍を踏まぬことを切に祈ります。

(2014.11.1)