広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter50. 貴婦人と一角獣

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

東京・六本木の国立新美術館で「貴婦人と一角獣」展を観てきました。1500年頃に織られたタピスリーの連作6枚の作品展です。フランス・リヨンのル・ヴィスト家当主が注文したといわれ、下絵図案も「アンヌ・ド・ブルターニュのいとも小さき時祷書の画家」という抽象的な名で称される芸術家グループによるものとされますが、図柄の解釈をはじめとして、タピスリーの辿った運命など多くの謎をはらんだ作品で、研究者の興味をかき立ててきました。

展示室を取り囲む壁に吊られた大きな6枚のタピスリーは壮観で、入室したとたんに圧倒されます。いずれも少しくすんだ赤を基調としており、ミル・フルール(千花文様)を背景にストーリー性のある人物・動物像が描かれています。いずれにも人物に貴婦人、動物に一角獣と獅子が登場し、加えて何枚かには侍女も姿を見せます。6枚中5枚は五感を表し、「触覚」「味覚」「嗅覚」「聴覚」「視覚」と名付けられ、それぞれの名にふさわしいモチーフがみられます。残る一枚は他と異なり「我が唯一の望み(MON SEUL DESIR)」の文字が書かれた青い天幕に貴婦人が立ち、侍女の持つアクセサリーの入った小箱を見つめています。「我が唯一の望み」をそのままタイトルとするこのタピスリーは多くの点で他の5面とは違うことから、その意味や解釈に議論があります。

五感とくれば、6枚目の「我が唯一の望み」の主題は「第六感」だと誰しも考えます。中世における第六感の捉え方として、外的感覚の五感に対して、内的感覚の第六感とし、「理性」あるいは「心」を意味して、すべての感覚を統べる存在ともされました。「心」はさらに敷衍されて、自由意志や恋愛と解釈されます。実際、この連作タピスリーを恋愛のテーマで読み、一角獣になぞらえた男性(注文主アントワーヌ2世)が妻ジャクリーヌへの愛の証を示しているとの評論もあります。そうすると「我が唯一の望み」は妻へのメッセージと解釈されます。そう言えば「MON SEUL DESIR」の前後の文字「A」と「I」は夫妻各々の頭文字とも言われています。「A(あ)」「I(い)」は「愛」にも通じます(???)。

愛といえば、すぐ隣の六本木ヒルズ森美術館では開館10周年記念として「LOVE展」を開催していました。「愛」をテーマに、恋愛、家族愛、人間愛、あるいはそれらの破綻を現した絵画、写真、彫刻、映像など、内外の芸術家による作品約200点が展示されています。会場では、まず巨大なハートの作品群に迎えられます。なるほど、人間の第六感「心(ハート)」イコール「愛」といえるわけです。岡本太郎、オノヨーコ、草間彌生からシャガール、ダリ、果ては初音ミクにいたる多種多様多彩な作品には、やや消化不良となりました。それだけ「愛」が複雑であり、個人差があり、不可解だからこそ芸術の永遠のテーマになりうるのでしょう。個人的に印象深かった作品のひとつは、チリ人のアルフレド・ジャーの「声(The Voice)」と題した写真でした。津波のさなか、自らを犠牲にして防災放送で住民に避難を呼びかけ続けた遠藤未希さんのいた南三陸町防災対策庁舎を写したものです。鉄骨の骨組みだけが夕暮れに浮かぶ姿に、彼女の使命感、人間愛が偲ばれました。

「貴婦人と一角獣」展は場所を変えて、大阪・中之島の国立国際美術館で7月下旬から展示中です。もし行かれたら、タピスリーの一角獣や獅子だけでなく、小動物たちの可愛い表情や仕草にも眼をとめて下さい。まるで鳥獣戯画を思わせます。

(2013.8.1)