広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter43. アスクレピオスの杖

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

巳年の「巳」は胎児の姿を表す象形文字とのことですが、十二支の動物としてはなぜか「ヘビ」があてられています。私自身もそうですが、多くの人はヘビやトカゲに嫌悪感を抱き、恐れています。一説には、人類の祖先がもっとも恐れた恐竜に対する記憶がヒトの遺伝子にすり込まれ、外観上の類似からヘビを毛嫌いするとも言われます。旧約聖書では、アダムとイブが禁断の木の実を食べてエデンの園から追放されましたが、木の実を食べるようにそそのかしたのはヘビであり、ここでも悪者扱いです。天使がヘビを踏みつけている構図のキリスト教の宗教画も少なくありません。

ヘビは忌み嫌われる一方で、崇拝される向きもあります。中国では雌雄のヘビが祖先神としてあがめられています。わが国でも縄文時代にヘビを信仰の対象とした行跡があり、発掘された土器にその痕跡がうかがわれます。現代でも、ヘビの抜け殻は縁起の良いものとして珍重され、財布に入れておくと金運がつくとの迷信もあります。その姿、かたちから嫌われても仕方がないヘビが敬われるのは、脱皮という現象からだと考えられます。脱皮は再生をイメージさせますし、アンチエイジングや不老不死を想像させます。

世界中の民族の間で、再生と不死身のシンボルとしてあがめられるヘビは、古代ギリシャでも健康のシンボルと考えられていました。ギリシャ神話に登場する名医アスクレピオスは、後に神の一員となり、医学の守護神となりました。アスクレピオスの持つ杖には、健康の象徴であるヘビが巻き付いています。この一匹のヘビが巻き付いた杖は、医療・医術の象徴として欧米で広く用いられ、WHO(世界保健機関)やAMA(米国医師会)のマークなどに採用されています。余談ですが、同じ杖でもヘビが二匹巻き付いた図柄はケリュケイオンといって、ギリシャ神話でオリンポスの山に住む十二神の一人、ヘルメスが持っている杖です。ヘルメスは商業の神で医学・医療とは異なるのですが、マークとして混同されて使われている節もあります。ケリュケイオンは左右対称で、しかも杖の頭には翼がついているので、デザイン的に格好良いせいかもしれません。古代の商人は情報の運び屋でもあり、ヘルメスは神々の伝令役でもあったそうなので、ICT(情報通信技術)抜きには考えられない現代の医療においては、アスクレピオスの杖だけでなく、ヘルメスの杖の助けも大いに必要です。

再生医療を実現するために重要な役割を果たすiPS細胞(induced pluripotent stem cell人工的多能性幹細胞)発明による山中伸弥教授のノーベル賞受賞は、日本中を興奮の渦に巻き込みました。今年は巳年にふさわしい、再生医療元年と言えるかも知れません。iPS細胞の技術が一日も早く臨床応用されることを祈る年明けとなりました。

(2013.1.1)