広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter30. からだの病・こころの病

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

俗に「病は気から」と言います。病気かなと思うと本当に病気になってしまうという意味ではなく、病気は患者の気持ちの持ち方ひとつで、重くもなれば軽くもなる、と解釈されていることわざです。しかし精神神経免疫学の分野などでは、気持ちとくに精神的ストレスが神経系や免疫系に影響して、病気の原因になったり、誘因になったりする可能性が論じられています。心の問題が大きく関与して、身体的疾患や症状を引き起こす心身症などはその典型的な例でしょう。ある種の胃潰瘍、喘息、過敏性大腸症候群、片頭痛、円形脱毛症など、ストレスが関与するといわれる病気は枚挙に暇がありません。

一方、心身症とは異なる神経症やうつ病などの精神疾患からも、動悸、呼吸困難、めまい、吐き気などの身体症状が現れます。摂食障害による身体機能の低下、水分大量摂取による水中毒、究極は自傷行為でしょう。精神疾患治療のための向神経薬の大量使用や副作用もまた身体症状を引き起こす可能性があります。

1978年、イタリアで「バザーリア法」が制定され、世界で初めてすべての精神病院が原則として廃止されました。地域に戻され、一般社会に出た精神病患者たちの実話を元に、あるところはコメディタッチで、またあるところはシリアスに描いたのが、イタリア映画「人生、ここにあり!」(原題はSi Puo Fare、やれば出来るさ)です。退院したとはいえ無気力な患者たちを組織化して協同組合を立ち上げ、寄せ木細工の床貼りの仕事を得て社会復帰をさせようとする熱血漢の主人公、恋人の助けや精神病患者独特の感性が為せる芸術的なデザインで注文が殺到、ハッピーエンドを迎えます。仕事をすることで、向神経薬が必要でなくなったり、服薬量を劇的に減らすことが出来たことも紹介されます。今日のイタリアでは、同様の協同組合がなんと2500もあるそうです。成功の陰には、統合失調症の患者が施主の女性に恋をして、障害者故に受け入れられず自殺するなどの悲劇もあります。

精神科患者の恋愛、とくに主治医に対する恋愛感情、性的関係に関しては、アメリカで長らく研究されてきました。患者が自己をあからさまにする精神科では、主治医への依存性が高まったり、主治医を誘惑することが多いからでしょう。最近では精神科以外の医師についても議論が深まっていて、米国医師会は、弱い立場にいる患者につけ込んだ行為として、その医療倫理指針の中で、「患者-医師関係と同時期の性的交流は不正行為(misconduct)である」としています。もっとも、私の尊敬する医師の一人の国立がんセンター名誉総長の垣添忠生先生は、研修医の頃に患者として知り合った夫人と結婚されたそうです。40年以上前の話ですから、アメリカはともかく少なくとも日本ではまだ患者と医師の恋愛に厳しくない時代だったのでしょう。

垣添先生は、治療の難しいがんで先年奥様を亡くされました。ご本人もがん治療を経験し、がんで逝かれた奥様を看取った体験をいくつかの著作で述べられています。最近も、同じくがんで伴侶を亡くされた田原総一朗氏との対談で、「人間の肉体と精神は一体なのに、医療では身体への対応が先行し、精神的ケアが遅れている」と強調されています。先人たちの貴重な経験を、いかに芦屋病院で生かすことが出来るのか、重くて大きな課題です。

(2011.12.1)