広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter107.永遠(とわ)の命

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

中国大陸にはじめて統一国家を作った秦の始皇帝は絶大な権力者で、兵馬俑に守られた自身の巨大な陵墓「始皇帝陵」を作ったことで知られていますが、一方では永遠の命を求めて各地に不老不死の薬を探すように命じたといいます。挙げ句の果てに伝説では水銀を服用して紀元前210年に49歳で死去したといわれます。現世の全てを手に入れたに等しい始皇帝に限らず、多くの人は「不老不死」を願っています。「アンチ・エイジング」をキャッチフレーズにすれば、化粧品や健康食品は大売れですし、「アンチ・エイジング」をテーマの講演会を開けば人が集まります。「永遠の命」は人類の究極の願望なのでしょうか。その一つの解はiPS細胞等を用いた再生医療かもしれません。理論上はすべての臓器が再生可能ですし、これらを移植し置換すれば不老不死も夢ではなくなります。実際には莫大な資金と年月を費やし、さらなる科学の発展が必要ですが、始皇帝が現代に生きていれば、間違いなくすべてに糸目をつけず開発に突き進んだことでしょう。

フィクションの世界はもっと簡単です。アニメ映画「さよならの朝に約束の花をかざろう」には、十代半ばで外見の成長が止まる不老長寿の種族「イオルフ」が登場します。一族の少女マキアと彼女に育てられ成長する人間の少年エリアルの物語です。イオルフと交わって長寿の血を導入しようとするメザーテ国王の侵略と誘拐、略奪を背景に、マキアとエリアルの二人が紡ぎ出すほろ苦いラブ・ストーリーです。アニメーションは綺麗に丁寧に作られていて、「スター・ウオーズ」に登場するような空飛ぶロボット竜(なぜか私には「ネバーエンディング・ストーリー」のファルコンを思い出させました)や中世ヨーロッパを思わせる天空の城が描かれます。監督・脚本の岡田麿里は、ヒット作「あのはな(あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない)」「ここさけ(心が叫びたがってるんだ)」の脚本を担当し、今回は初監督です。このアニメも「さよあさ」と呼ばれるかもしれません。

不死身の主人公の映画はいやと言うほどありますが、不老不死そのものをテーマにした作品も少なくありません。メリル・ストリープ主演の「永遠に美しく・・・」(1992年アメリカ)は、不老不死の薬を得て永遠の若さと美貌を追求する女優の悲哀をコメディータッチで描いていました。「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」(2008年アメリカ)はブラッド・ピット主演で、80歳の状態で生まれて、毎年若返っていく男性の一生を描いています。老人施設で暮らすベンジャミンは入居者の孫娘デイジーと知り合います。普通に年を重ねるデイジーとどんどん若返るベンジャミンは、そのうち年代が近くなり、恋に陥って子供も生まれます。しかし二人の年齢が交差し、ベンジャミンは幼児化し赤ん坊となって、老婆となったデイジーに抱かれて亡くなります。不死ではなかったものの、究極の若返りがもたらすものは何なのか考えさせます。ちなみにベンジャミンのメイクがすごくて、この映画は第81回アカデミー賞でメイクアップ賞を獲得しています。2018年(第90回)アカデミー賞作品賞受賞の「シェイプ・オブ・ウオーター」は障害女性と半魚人の恋を扱った佳作ですが、この作品もまたある意味では不死・再生を扱っているファンタジーとも言えます。

「さよならの朝に約束の花をかざろう」で青年となったエリアルは育ての母マキアに恋愛感情を抱きますが、マキアはこれを拒否します。時が経ち老いて余命いくばくもないエリアルのもとに、見た目は若い頃と変わりがないマキアが訪れ、エリアルを看取って涙を流します。この状況が予見できたからマキアはエリアルの愛を受け入れなかったとわかります。「永遠の命」「不滅の生命」「不老不死」が必ずしも幸せとは限りません。むしろ限りある人生だからこそ、生あるうちのプラスとマイナスが、永遠の眠りにつく時には相殺されて限りなくゼロに近づくのではないでしょうか。

(2018.5.1)