広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter105.日本語

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

平成の年号が使えるのもあと一年余りとなったせいか、「平成を回顧する」テーマの企画がよく見られるこの頃です。平成元年(1989年)頃、個人の通信手段はポケットベルが全盛で、その後PHSを経て誰もが携帯電話を持つ時代に移行しました。しかし当初は音声通話のみであった「ケイタイ」も1990年代後半からショートメールという文字媒体を介する通信が可能になりました。99年のiモード開始に伴いインターネットへ接続できるようになると、文字や画像など情報量が飛躍的に増大し、ついにはミニコンピューターともいえるスマートフォン(スマホ)が出現し、2010年頃から急速に普及しました。16年の調査ではスマホの個人保有率は56%、二十歳代の若者に限れば94%が保有しています。スマホの機能と利便性も、コミュニケーション手段が聴覚に頼る音声から視覚に訴えられるようになったから生まれたものであり、文字があるから可能になったのです。

主として北海道に居住するアイヌ民族の言語アイヌ語は文字を持たず、口承でのみ受け継がれていて、アイヌ語を流暢に話せる人は10人以下だといいます。このためユネスコからアイヌ語は「消滅危機言語」と分類されています。日本語もまた中国から漢字が伝わる前は文字を持っていなかったため、ひたすら暗記して記録していたそうです。無一文ならぬ無一文字の日本語はお隣の中国の漢字を表意文字ではなく表音文字(日本語の発音を中国音に当てはめて)として借用し、借字としました。こうして出来たのが万葉集に使われる「万葉仮名」です。そして日本語独自の片仮名と平仮名を創り上げていったのです。さらには日本語にあてた漢字を字音で読む和製漢語を創作しました。一例は和語「みもの」→漢字「見物」→字音「ケンブツ」です。和製漢語の中には中国に逆輸入されて、今や中国語として九百語近くが定着して中国の外来語辞典に掲載されているそうです。「共産主義」「共鳴」「会話」「簡単」などが該当するというから驚きです。元々あった日本語「じょうだん」に「冗」と「談」の漢字を当てて「冗談」としたなど、実に「かんじ(感じ)」(笑)がよく出ています。「常識」という言葉は英語のcommon senseを翻訳、「良識」はフランス語のbon sensを翻訳して作った造語といいますから、日本語の翻訳能力も抜群です(柳瀬尚紀「日本語は天才である」新潮文庫)。

日本語は漢字を組み合わせて和製漢語を作っただけではなく、漢字を見習って国字と呼ばれる文字も創っていて、こちらにもなかなか味のあるものがあります。例えば「躾(しつけ)」です。「身」のこなしが「美」しいことから両者を合体させて「躾」とするなど、すばらしい発想です。また「朝凪」「夕凪」の「凪」という国字も「風」が「止まる」状態を一字でうまく表現していると思いませんか。

言語学者の黒田龍之助氏は、言語と料理はよく似ていると言っています。同じ食材を使っても出来上がる料理が様々なように、同じ母音や子音を使っても出来上がる単語は地域ごとに違います。日本料理が繊細で美味しいように、日本語も音声、文字を問わず美しい言語のひとつです。美しい「ことば」をいつまでも守っていきたいものです。

(2018.3.1)