広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter1. 名探偵

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

シャーロック・ホームズ、エルキュール・ポアロ、金田一 耕助とくれば、誰もが古今の名探偵のラインアップと気付かれるでしょう。登場する推理小説の時代の背景に違いはあれ、彼ら名探偵は、時には虫メガネで証拠を拡大して見つけ、時には証拠品を今で言う科学捜査にかけて分析し、真犯人を指摘します。

小説では、名探偵が見事な推理を披露するところでクライマックスを迎えます。
しかし、現代科学の目で見れば、名探偵が延々と時間をかけて行った捜査であっても、今ならすぐ解析されるものが少なくありません。


証拠品の分析では、和歌山カレー事件ではヒ素の化学的分析が行われましたし、中国産毒入りギョーザ事件でも、犯行に使われたメタミドホスの分析から日本国内産ではないと断定されました。
髪の毛一本、血痕一滴から個人のDNAが検出され、個人の同定が出来る時代なのです。

DNA判定は、ヒトの遺伝子が個人々々でまったく異なっていることに着目し、その違いを認識できるプローブを用いて、バーコードのようなバンドのパターンにあらわして比較します。一卵性双生児を除いて同一パターンを示すことはないとされ、その個人識別能力は指紋に匹敵するとも言われ、DNA指紋と呼ばれたこともありました。
私自身も20年くらい前に大学の研究室で、多胎(双子や三つ子など)の卵性診断(一卵性や二卵性などの判断)にDNA判定を用いて研究していたこともあります。当時はまだ分子生物学の黎明期だったので、今なら当たり前のことでも研究対象になったのです。

そのDNA判定で大きなミスが起こりました。足利事件のS氏は当時のDNA鑑定を信用した司法によって有罪とされ、服役することになりました。
再審、DNA再鑑定の結果、無罪が確定したのはご存じの通りです。事件当時のDNA鑑定能力ではその精度が低く、「千人に一人」程度の識別能力しか無かったのです。

現在のDNA鑑定の手法では、その精度が飛躍的に高まり、個人識別能力は「4兆数千万人に一人」となっているそうです。有罪判決を下した司法は、科学的捜査を重視するという意味では近代医学を信用したのですが、統計的精度の判断において誤りを犯したように思われます。


近年の医療は、「Evidence Based Medicine(EBM)(証拠に基づいた医学)」が重視されています。すなわち科学的根拠に裏打ちされた診断・治療を行わなければならないのです。
私たちは足利事件に見られるような過ちを犯すことなく、真のEBMに基づいた医療を行うよう自戒しなければなりません。

(2009.8.10)